JPTA NEWS(日本理学療法士協会会報誌)No.303からNo.308にかけて連載された「がんと理学療法」1-6)を読みました。
連載を読んで学んだことや気づいたことを書きます。
がんが特別というわけではない
とても分かりやすく書かれていて,がん患者に対する理学療法のイメージを持つことができました。
しかし,よく読んでみると,がんのことはあまり書かれていません。
どういうことかというと,がん患者に対する理学療法といっても,基本的にはなんらかの疾患を持った方の理学療法であり,普通の理学療法のことが書かれているということです。
心理的な問題
参考になったところがたくさんありました。
連載第1回1)より
化学療法や放射線療法では倦怠感や抑うつ,不安感などの心理的問題が生じることが多いことが知られている。そのような症例に対して有酸素運動や筋力増強を行うことで症状の改善がみられたという報告は多数ある。
進行がん患者の方の倦怠感についてのレビューでは,運動療法は非薬物性療法のなかで最も強いエビデンスがあり,その要因は心肺機能の改善,気分や睡眠の改善にあるとの報告がみられている。
連載第2回2)より
がん治療中の患者心理として見られることの一つに「学習性無力感」がある。抗がん剤やがん性疼痛,全身倦怠感やがん悪液質など,辛い症状が継続していると徐々に無力感が生じて,「リハビリテーションは(やらなくて)いいです」との思考になってしまうことも多い。それに加え,日課として,昨日と同じことをすれば今日も無事に過ごすことができるという思考が芽生えてしまうこともあり,結果としてベッドから離れずに潜在能力以下の生活となっている場合がある。
改めて理学療法士の関わりを考えてみると,運動療法や運動中の会話そのものは不快とはならず, ADL動作練習を通して目標に向かって一緒に考えることや行動の自己決定権による自律感(自己コントロール)が得られ,このことは心理的側面も含めて患者のみならず家族にも良い影響があり,広義に全人的苦痛の軽減も担い得ると考える。
連載第6回6)より
スピリチュアルペインとは人生の意味や目的の喪失により「人として生きる支えが障害されて生じる心の痛み」と理解され,人としての尊厳とかかわり,終末期がん患者が抱える苦痛の根源になっている。
この時期の理学療法は,受動的に治療や処置を受ける患者にとって,能動的に取り組める数少ない機会である。端座位や立位練習など,達成可能な取り組みを積み重ね,患者の自己コントロール感や達成感を一つの介入効果としてエンドポイントに加える。
手術によって生じる問題3)
乳がん術後
- 肩関節可動域制限と上肢のリンパ浮腫の発症が問題となる。
- 術後早期からの関節可動域練習は,ドレーンからの排液量増加や漿液腫発生のリスクがある。術後5〜7日までは愛護的な関節可動域練習が勧められる。
- センチネルリンパ節生検のみで,リンパ節郭清を行なっていなくても,リンパ浮腫が発症する可能性がある。
婦人科がん術後
- リンパ節郭清を施行された場合に下肢リンパ浮腫を生じることが問題となる。
頭頸部がん術後
- 肩関節可動域制限と嚥下障害,音声言語障害が問題となる。
- 頸部リンパ節は副神経と隣接しており,頸部郭清の際に副神経障害を認めることがある。
- 嚥下障害は,手術侵襲による喉頭周囲組織の癒着が原因で生じることがある。
脳腫瘍術後
- 神経脱落症状に対する介入が必要となる。
肺がん術後
- 呼吸器合併症と肩関節可動域制限が問題となる。
- 開胸手術では,僧帽筋や広背筋などへの侵襲の他に,肋骨や神経の切断などの可能性があり,肩関節可動域制限の原因となる。
消化器がん術後
- 呼吸器合併症と各臓器の機能低下が問題となる。
- 術後の栄養管理と手術侵襲が加わる臓器に配慮した介入が推奨される。
骨転移4)
疼痛や病的骨折,麻痺などを生じると,急激にADLやQOLが低下したり,原疾患の治療の継続が難しくなったりします。
骨関連事象(skeletal related event : SRE)
SREとは,病的骨折,骨病変に対する放射線治療や外科手術,脊髄圧迫,高カルシウム血症など骨転移に起因する全ての事象を指します。
病的骨折リスクの評価で用いられるスコア
- 脊柱:The Spine Instability Neoplastic Score(SINS)
- 長管骨:Mirelsの病的骨折リスクスコア
- 大腿骨:Van der Lindenの報告に基づき,大腿骨長軸方向の長さが30mm以上,骨皮質の50%以上の骨破壊がある場合は病的骨折のリスクが高いとされている。
病的骨折や疼痛の増悪をさける動作の指導
脊椎転移の場合
- 体幹の過度の前後屈・回旋を避ける。
- 寝返りはログロール。
- 起居動作前に体幹装具を装着。
- 着座はゆっくり行う。
下肢骨転移の場合
- 患側下肢の荷重,転移部への回旋力が働く動作をさける。
リンパ浮腫5)
リンパ浮腫はがんの治療において生じやすい問題であり,理学療法士の関わりが期待されています。
しかし,理学療法士のリンパ浮腫治療の担い手はまだまだ不足しているそうです。
リンパ浮腫の概要
- リンパ浮腫は,リンパの輸送障害によって間質に高蛋白な間質液が貯留することで生じる。
- がん治療におけるリンパ浮腫は,リンパ節郭清を伴う手術や放射線治療などを受けることによって生じるリンパの輸送障害が原因である。
- 高蛋白な間質液が鬱滞し,皮下組織の線維化が進行し,脂肪増成を伴って水分が貯留する。
- リンパ流障害によって免疫応答の遅延が生じ,局所の蜂窩織炎を発症しやすくなる。
- 結果として,皮膚の角化および肥厚,脂肪増成による変形,皮下組織の線維化,象皮症などの皮膚合併症などにより,著しく日常生活を阻害し,外観を損ねることでもQOLを低下させる。
終末期がん患者の理学療法6)
がん関連倦怠感(Cancer-related fatigue ; CRF)とがん悪液質への対応,スピリチュアルケアと家族ケア・グリーフケアへの関わりが重要です。
緩和ケア対象がん患者に対する運動療法は,倦怠感を改善する方法として行うよう勧められているそうです。
悪液質はがんに特有のものではありませんが,ヨーロッパ緩和ケア共同研究(European Palliative Care Research Collaborative ; EPCRC)では,がんの特性を考慮した悪液質の定義が提唱され,「がん悪液質とは,栄養療法で改善することは困難な著しい筋肉量の減少がみられ,進行性に機能障害をもたらす複合的な栄養不良の症候群で,栄養摂取量の減少と代謝異常によってもたらされる蛋白およびエネルギーの喪失状態」と定義されています。
家族ケア・グリーフケアへの関わりについて,「介助方法などを指導し,家族が安心して患者に接することで,患者と家族の時間が作れるよう配慮する。それが思い出になり,家族が役割を持ってケアに参加できたという思いは,その後のグリーフケアにつながっていく」というようなことが書かれていました。
生命予後が悪い進行性の疾患を持つ患者を担当するということについて
私が感じていることを書きたいと思います。
連載の最後に「この時期には,症状が進行し結果として亡くなる患者も多いため,自分の力不足,理学療法士としての無力感や葛藤を誰もが経験する」とあります。
私にもそのような経験がありますが,がん患者を担当したときとは限りません。
生命予後が悪い疾患といえばがんが代表的ですが,もっと普遍的に存在する生命予後が悪い状態があります。
それは命そのものであり,老化です。
命には必ず終わりがあります。
つまり,理学療法士が担当している対象者全員で生命予後が悪いと考えることができます。
そう考えた方が,より良い理学療法が提供できるような気がします。
参考文献
1)高倉保幸: がんと理学療法 I. JPTA NEWS No.303.
2)増田芳之: がんと理学療法 II がん患者に理学療法士が行う精神・心理的支援. JPTA NEWS No.304.
3)松村和幸: がんと理学療法 III がんの手術と理学療法. JPTA NEWS No.305.
4)井上順一郎: がんと理学療法 IV がんの骨転移に対する理学療法評価と対応. JPTA NEWS No.306.
5)山本優一: がんと理学療法 V リンパ浮腫と理学療法. JPTA NEWS No.307.
6)吉田裕一郎: がんと理学療法 VI 緩和医療が主体となる時期のがん患者の理学療法. JPTA NEWS No.308.
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